ナラの木を読む

プレイヤー

Seiki TAKATSUKI

性別
男性
都道府県
東京都
自己紹介
麻布大学野生動物学研究室教授, 保全生態学

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ご意見箱より

2012.8.20
方言になった「ナラの木」を送ってくださり、ありがとうございます。これらを聞いて、秋田の山村で育った母親から聞いたことや、幼い時に経験したことを思い出しました。
今ではみんな裕福な構えをしていますが、母が育ったころや農地改革の前は村のほとんどの家は、それは貧しかったのです。秋田の冬は長く、大雪にとざされていました。その中で人だけでなく、動物も、木も耐えて生き抜いたのです。
東京で雪が少しつもったとき、木の枝が折れ、雪の重みで幹が裂けたり、根こそぎ倒れているものがありました。そのとき母が
「東北の木と比べたら弱いもんだ。いつもあたたかなところで育っているから弱いんだ」
といった言葉を思い出します。
人間もそうでしょうね。長い冬、貧困であっても先祖代々からの土地と風習にしっかりと根を張り、たくましく生きて来たのですから、強くなったのでしょう。
方言っていいですね。方言を聞いていると、その地方の特色がわかります。生活から出てくる言葉だからでしょうね。方言は歴史です。ですから聞く人の心の中に入ってくるのだと思います。
私は秋田の方言を聞くと、なつかしさに涙が出てきます。それは私を育ててくれた父と母、山、木、いろりの火などを思い出すからでしょう。それにスギの葉のにおい、わらのにおい。家は曲り屋で、馬がいました。人々は夜中でも馬の安否を気遣ったものです。そこにあったのは生きて行くための力強さと愛ではないでしょうか。千葉県女性

2012.8.20
「ナラの木」の詩の朗読を聞きました。強いひびきを感じ、感動詞、胸が高鳴りました。次に東北の方言で読んだ詩を聞きました。優しさを感じ、涙が出て来ました。そして優しさは強さにつながると思いました。
辛く苦しい時には「ナラの木」を思い出してください。「わたしには何よりも強い根っこがある。今までがんばれたのも根っこがあったからだ。これからも自分の根っこを大地に張って行きていこう」と。
私は「ナラの木」の詩を家族や仲間にも聞かせたいです。そして少しでも何かの役に立ちたいと思いました。
「ナラの木」の詩に出会えましたこと、心から感謝申し上げます。 千葉県女性

2012.8.5
「ナラの木を読む」の朗読を録音させて戴きました。パソコンを持たない方にとっては、大喜びでした、なかには東北出身者が多数居りましたので涙を浮かべているかたもいました。朗読された俳優さん、さすがにプロです、岩手の水沢の冨田さんの朗読、凄い語りで、胸に突き刺さる感情が確かに伝わりました。本当に日本人の為になっていると言っても、言い過ぎではない様に感じました。齋藤史夫


2012.8.5

昨夜電話がありました。録音したカセットをお渡ししたお宅からでした。奥さんが少し興奮した声で、「お父さんが、顔で笑って、目で泣いている」と言っていました。旦那様は岩手久慈の生まれだそうです。ポツンと言ったそうです。「それは俺達はいままで何をして来たのだろう」と。

私も一日何度も各地の朗読を聴き方言のもつ力強さ、温かさを感じとりました。京都の朗読、柔らかいゆったりした語り想像していたのですが、「そやけど、うちには大地に広がる根っこがありますのや!この根っこは絶対にさわれまへん!」と、しっかりした、凛とした言葉でした。遠州の朗読明るい中にもやはり「力」が伝わりました。九州2県の語りは男らしく、あるときは優しく響きました。

方言は人の心を揺さぶります。方言は絶対になくしてはいけないと思います。齋藤史夫


2013.1.14

石崎純子(宮城県遠田郡

 

東北、宮城県で生活するものとして「がんばれナラの木」の皆様方のお気持ちに心から感謝しています。自分が生まれ育ったところの方言で訳された「ナラの木」は、英文とは違う力強さを感じます。馴染みのある仙台弁に訳された詩から、なんとか復興しようと頑張っている東北人の姿とナラの木とが重なり、我慢強さやたくましさを深く感じました。

また、このたび河原田ヤスケさんが朗読した会津弁の「ナラの木」を聴きました。学生時代、会津で過ごした私にとって、久しぶりに耳にした方言の響きがとても懐かしく、優しく、当時の会津の景色や出会った方ことを想い出しました。河原田さんが方言の指導されている大河ドラマ「八重の桜」での会津弁も心地よく聞きながら拝見しています。会津に久しぶりに行ってみたくなりました。

長い歴史や風習の中から生まれた地域の方言には、それぞれ味があり、不思議な魅力を感じます。懐かしい想い出が詰まっています。これからも「ナラの木」が多くの方の心のよりどころとなりますように、様々な地方の方言で訳し、読まれることを期待しています。